元ユニクロ店員のブログ

元ユニクロ店員のファッションブログです

TADY&KING タディ&キング

1987年 創立
田尻種杉氏とKING氏の両名により創立された日本が誇るインディアンジュエリーブランドです。
2人のタッグによって生まれたタディ&キングは、
彼らの生き様や物作りにかける情熱、熱いスピリットを造形に落とし込んで表現しています。
アイテムの全てのパーツにこだわり抜き、一点一点を手作りで制作していることから
全く同じ個体のないジュエラーとしての高い志と信念を感じさせるブランドです。

田尻種杉…
ルーツとしては、ゴローズ創設者の高橋吾郎氏がTADY&KING創設者の田尻種杉氏に
レザーカービングにまつわる技術を教えたことから始まります。

高橋吾郎氏は日本人で初めてイエローイーグルというインディアンネームを授かった
国内におけるインディアンジュエラーの第一人者であり、
そんな高橋吾郎氏の一番弟子である田尻種杉氏は、ゴローズでの修行を経て
タディアンドキングを通じて日本でネイティブアメリカンブームを築いてきたとも称され
日本で有数のレザーカービング職人として広くその名を知られています。

KING…
シルバーアクセサリーを作らせたら右に出るものなしとまで言わしめた、
カリスマであり、ブランド「KINGS KNIGHT」の創始者であるKING氏。

goro's ゴローズ

1971年、高橋吾郎(Goro Takahashi)が原宿に自身で制作したシルバーとレザーのアクセサリーを販売するgoro's(ゴローズ)をオープンする。

 

ゴローズについて
goro's(ゴローズ)は、高橋吾郎(Goro Takahashi)が作るシルバーとレザーのアクセサリーブランドであり、またそれを販売するショップのこと。

1971年、東京・原宿にショップ「goro's(ゴローズ)」がオープン。

goro'sのアクセサリーはインディアン(ネイティブアメリカン)が身に着けるアクセサリーで、そのようなアクセサリーを日本で最初に制作したことでも知られている。

 
羽やターコイズなどこれまであまり使われなかった素材を使用し、ハンドメイドで作られるgoro'sのアクセサリーは人気を得るようになる。

人気が出ても店舗展開をしないことから、次第にプレミア化していくことになる。それに伴いインターネット販売などの通販で偽物が出回ることも。

現在でも開店当初から変わらず原宿のショップのみで販売をしている。

RUDE GALLERY ルードギャラリー

2000年、東京・原宿にてスタート。

 

ルードギャラリーについて
ルードギャラリー(RUDE GALLERY)は日本のファッションブランド。「音の匂い」がする服作りがコンセプト。シャープなシルエット、繊細なディテール、ミニマムなデザインが特徴。

2000年、セレクトショップとして原宿にてスタート。同時にオリジナルブランドの展開をはじめた。その後、よりハイエンドなラインとして「ルードギャラリー ブラックレベル(RUDE GALLERY BLACK REBEL)」をスタート。

ルードギャラリーは、音楽、映画、アート関係で多くのコラボレーションを展開している。東京スカパラダイスオーケストラやザ・バースデイ(チバユウスケを中心とするバンド)等が有名。

 
2010年、Fender U.S.Aとのコラボレーションによりギターを発表。その他、Fender U.S.Aとはレザーのライダースジャケットなどを発表している。

2011年、音楽、アート、ファッションという3つの要素を落とし込んだ、ルードギャラリー初の短編映像「東京ルード」を発表した。

INDIVIDUAL SENTIMENTS インディビジュアルセンチメント

2008年春夏シーズン「インディビジュアルセンチメント」をスタート。

 

インディビジュアルセンチメントについて
インディビジュアルセンチメント(INDIVIDUAL SENTIMENTS)は日本のファッションブランド。デザイナーは伊藤洋子(Yoko Ito)。2008年春夏シーズンにファーストコレクションを発表。

コンセプトは「様々な人種、発想、それらを含む様々な時間、空間の中で出会う人々との感情や感覚の共有を元にし、表現する人間の本能的解釈の物作り」。

イタリア国内外のブランドのデザインアシスタントを経験後、イタリア、ペルージャの「1piu lugale3」社に入社。

 
メンズ、レディース、ユニセックスのデザイン、ディティール、カラー等を、マウリツィオ・アルティエリのもとで研究。カルペ ディエムで得た経験と、現在進行形のプロジェクトのコンセプトを取り入れたインターバルコレクションをデザイナーのマウリツィオを共に製作した。

LAVENHAM ラベンハム

1969年、エリオットがイギリス・ラベンハムで創業。

 

ラベンハムについて
「ラベンハム(LAVENHAM)」はイギリスのファッションブランド。1969年にエリオットがラベンハム村で創業する。キルティングを使用したウェアで有名。

1969年にエリオットはホース・ブランケット(馬用の毛布)をナイロン・キルティングを使用して制作する。それまでの保温性が悪く水に濡れやすいジュート麻のものよりも機能的な、ナイロン・キルティングのブランケットはイギリス国内ですぐに人気となる。

1972年、ナイロン・キルティングのジャケットを発表。

 
1978年、ダイヤモンド・キルティング・ジャケットを発表。機能性だけでなく、ファッション性もあるこのジャケットは、ラベンハムを代表するアイテムとなる。その後ナイロンだけでなく、ウールやカシミヤなどの素材を使用したものも登場する。

1993年には日本での展開をスタート。近年では世界9か国に輸出をおこなっている。生産は常に英国サフォーク州のラベンハム村近郊の自社工場で行われてきた。

1997年、アーペーセー(A.P.C.)やグッチ(GUCCI)などのファッションブランドとコラボレーション。その他、ケンゾー(KENZO)やエドウィン(EDWIN)、ケイスリー ヘイフォード(Casely-Hayford)といったファッションブランドとコラボレーションをおこなっている。

2013年、日本のヒットユニオン傘下のフレッドペリー社がラベンハムを買収。

666

1983年8月、大阪のアメリカ村にある大阪屋心斎橋西ビル(現:日宝心斎橋西ビル)の2階に666の前身となるショップ「FACE」をオープン。ロンドンを中心に、イギリスに出向いて買い付けた洋服やアクセサリーを販売する一方、ロンドンの最新ヘアカットやまだ当時は日本で入手できなかったクレイジーカラーを使用した原色のカラーリングをショップ内にて実践。 「WORLDS END」や「ROBOT」の靴やスーツ、パトリック・ロイド・ジョンソン氏がデザイン・運営していた「JOHNSONS」「DEMOB」等、当時のロンドンの最先端ファッションブランドを、日本でどこよりも早く紹介していた。同時に、キングスロードにあった「BOY」、イーストロンドンの伝説のOiパンクファッションショップ「LAST RESORT」の商品も現地イギリスで買い付け取り扱っていた。

 

80年代半ばの日本には、まだイギリス製のパンクウェアを販売しているショップはほとんどなく、日本国内でインディーズやハードコア・パンクの人気が少しずつ高まり、パンクス達からの需要が増える中、“1985年9月13日(金)”に「100%イギリスから直輸入した洋服とアクセサリーを販売するパンクショップ」として、現在の大阪店の場所に「666」をオープン。 当時、日本で入手する事が難しかった「Dr.MARTENS」のブーツや、「WENDY’S」のスタッズベルトやリストバンド、ロンドンコーン・スタッズ等を販売し、多くのパンクス達に支持さ れた。また、666オープン当初から、赤いキルティング裏地の英国製サイドベルトのライダースジャケットを販売し、いち早く日本に紹介したのも666である。この頃は「FRED PERRY」や「CAVERN」等のMODS系アイテム、「N・CORNBROSS/CRONT」等のTEDS系アイテム、「JOHNSONS」をはじめとするROCKERS系アイテム等、英国ユースカルチャーの商品を扱い、後の666の根源にも繋がる。また「ARTIFICIAL EYE」の商品も扱い、コラボレーションアイテムもリリースしたり、イギリス生産で仕上げた本格的なクレープソール付きのオリジナルクリーパーズ(ラバーソール)等も扱い、販売していた。

 

1987年には、原宿のキャットストリートに666東京店をオープン。THE CLASHモデル(現:LJM-1)やシド・ヴィシャスモデル、シープシキン(羊革)を使用したハードコアモデル(現:LJM-4)等、次々とオリジナルのライダースジャケットをリリースし、規模も拡大していく。 また、CHAOS U.K.やナパーム・デス、S.O.B、ライズ・フロム・ザ・デッド等、国内外のパンクバンドのライブやイベントを企画、協賛し、パンクファンの要望に応えていった。 1992年からは、当時のLEWIS LEATHERSのオーナー、リチャード・ライオン氏の協力の下、同社の往年のモデルを復刻するプロジェクトに着手。2003年にはコム・デ・ギャルソンとのコラボレーションも実現し、代理店契約が終了する2005年まで、現在に繋がる礎を築き上げた。 1996年には、GEORGE COX社に別注をかけた「10777」という品番のクリーパーズが大反響を呼び、その後のGEORGE COXへの別注ブームの先駆けとなる。同時に、この頃から日本市場の正規代理店となり、今なお継続している。

 

1997年7月には、渋谷寄りの明治通りの2階に666東京店(後の渋谷店)をオープン。「SEDITIONARIES」の名作の復刻が実現し、同時に「英国のユースカルチャーから生まれたファッションを、現代のストリートで着こなす為の洋服」をコンセプトにした「666 Original Clothing」ラインをスタート。この年、現在に続く666カタログVol.1を発行。 1999年秋には、SKINS系ファッションをメインにした「Joe Hawkins」ラインをスタート。2000年 10月には、裏原宿に666原宿店もオープン。同時に「King Mob」ラインもスタート。翌年、2001年2月2日、シド・ヴィシャスの命日には「Mywayman」ラインもスタート。

 

2008年には、666 LEATHER WEARで使用するスタンダードな革を、イタリアンハイドから、より品質の高いスティアハイドに一新し、さらなる品質の向上を実現。この年、初の別冊カタログも同時発行。この時の666カタログVol.27より、親交のあるミュージシャンの方々がモデルとして参加。多くのミュージシャン達の協力も得て、現在まで繋がる。 2009年秋冬、現ラインナップの中でも人気の「LJM-1TF」をリリース。このタイトフィットモデルが軸となり、近年のタイトフィット化にも着手していく。2010年には、ヴィンテージのような経年変化を楽しめる茶芯の100%ベジタブルタンニンなめしのホースハイド(馬革)をタンナーと共同開発し、オプションとして追加。 2012年4月、東京店を原宿に統合。旧原宿店の向かいとなる666原宿店、ジャスト原宿ビル2Fに移転オープン。2015年9月13日には「30周年」を迎え、666 LEATHER WEARの定番モデルも、メンズ・レディース共にタイトフィットモデルを充実。 2016年、666 LEATHER WEARは生産国を100%日本に移し、「MADE IN JAPAN」として、よりこだわり抜いたラインナップを取り揃えている。

CRAZY PIG クレイジーピッグ

1992年3月、アーマンド・セラとジャネット・オースティンがCRAZY PIG DESIGNSをオープン。

 

クレイジーピッグについて
アーマンド・セラは16歳の時からプロフェッショナルなギタープレイヤーとして活動していた。
渡英後、ロンドンにてアーマンドはギターを教えながら、カーナビー・ストリートのショップで販売スタッフとして働いた。

80年代、ロックバンドのミュージシャン達がカスタムメイドジュエリーを求めてアーマンドを訪ねるようになり、アーマンドはスカル、ウルフ、スネーク、ソードをモチーフとしたジュエリーを製作し、店と共に彼の名も有名になっていった。

メタリカ(アメリカのヘヴィメタル・バンド)のクリフ・バートンやジェイムズ・ヘッドフィールドらも愛用していたことで知られている。

音楽面では、アーマンドはヴァン・ヘイレンの流れを汲むロックバンド、PANAMAのリードギタリストとしても活躍している。

1992年3月、同じ店で8年間働いた後、アーマンドとジャネット・オースティンはコヴェントガーデンにCRAZY PIG DESIGNSをオープン。CRAZY PIGはアーマンドの新バンドの名前になるはずだったが店の名前となった。

全ての作品は完全にCRAZY PIG DESIGNS内で手作業にて製作されている。最初期の作品の頃より各デザインのオリジナルのマスターと型の両方が保管されているため、昔の作品もディテールから重量に至るまでリリース当時と同じ品質を再現することができる。

公式サイトでは日本から購入も可能。